Vol.1 「だれか」から「わたし」へのシフト

WorldShift Communicator #1

 

医師 秋山和宏

市民参加型チーム医療の実現へ。

WorldShiftを伝えるべく誕生したWorldShiftコミュニケーター。様々な職業の方がコミュニケーターとして活動しています。このコラムでは多様なコミュニケーターの活動を紹介します。第一弾は医師でありながら、コミュニケーターの活動もされている秋山和宏さんを紹介します。

 

国民皆保険による問題点、向き合うべき課題として、健康リテラシーの低下があります。国民医療費が年間42.3兆円(2015年度 厚生労働省発表)と国の財政に大きく影響を与える中、この問題は資本主義経済において、単独で存在するのではなく、他の諸問題と複雑に絡み合っています。そのため、一人一人が自分で健康を取り戻すための健康教育、マインドセットを変える重要性は非常に高いのは言うまでもありません。ただそこには狭義の医療の枠組みを超えた、秋山さんの提唱する病院内を超えた、患者も市民も参加するチーム医療の構築が課題です。

秋山さんの唱える、社会医療人(広義の医療人、一般人も含む社会的健康を創造する人たち)を育成し、ネットワーク化していく具体例を紹介します。

 

WorldShiftコミュニケーター 秋山和宏

医学博士・MBA。日本外科学会専門医、日本消化器外科学会専門医。医療法人財団松圓会東葛クリニック病院副院長。多摩大学大学院医療・介護ソリューション研究所フェロー。一般社団法人チーム医療フォーラム代表理事。著書に『医療システムのモジュール化―アーキテクチャの発想による地域医療再生』、共著に『栄養経営士テキスト5多職種協働コミュニケーションチーム医療を成功させるコミュニケーション ―人と組織、そして地域をつなぐ連携の要』。

http://teamforum.or.jp/

 

ワールドシフトコミュニケーターになった理由

 

田坂広志先生と谷崎テトラさんの国連大学で行われたフォーラムの告知を見て、元々田坂先生のビジネススクールで学んでいたものですから、この二人が出るのであれば参加しないと、と思いフォーラムに参加し、そこでワールドシフトのことを知りました。そして、コミュニケーターの養成を受けました。実際に医療者向けに地元でワールドシフト講座も行いました。

医療者としてこうした活動に参加することは珍しいことですが、医療界も変わらなければいけない所があるかな、と思うところがありまして。

一つは「治療中心の医療から、患者さんの満足度の高い医療へのシフト」です。その視点で考えると、現状、治療者の自己満足度、治癒率の高さと患者の満足度が必ずしもイコールではないこともありますね。医療側はそこは考えたことがないというか、「治療が全てだ」と信じて疑わないところでしょうが、場合によっては、患者側からしたら「いい迷惑」ということもあるのではないでしょうか。そういう意味で医療がもっと本質に立ち返る必要があるかと考えます。

 

大局的に、人類の寿命を元に見てみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太古の昔、狩猟中心の時の寿命は20~30年くらいの時代があり、農耕が始まり数千年の間に40年くらいになって、そのまま進み、ここ100年くらいで急に倍の80年に跳ね上がったとみて、これを時間のスケールで表すとすごい変化ですよね。そして、この平均寿命を押し上げるためにキュア(治療する、矯正する、悪いところを取り除く等の意)中心の医療で倍々ときた今までの流れで、例えば、同じように近々200年とかになるとは考えられないですね。もちろん可能性はないとは言えませんが。。

しばらく80〜100年と、グラフで見ると、踊り場のフェーズになると考えます。そのフェーズでの医療は、田坂先生のおっしゃる、機械論パラダイムから生命論パラダイムへのシフト、先ほど述べた治療中心から、患者さんの満足度が高く、生き生きといのちを全うできるようなものになっていくのではないでしょうか。

そこに向けて、例えば日本でいうと、健康寿命を延ばしていくサポートや、ヘルスケアの知識を一般に浸透していくようにする活動、一人一人が自分で健康を創造していくよう促す「参加型の医療」に向けた働きかけが必要だと考えます。

 

ミッションは「参加する医療で、社会を良くする」

 

具体的な活動のお話をしますと、現在、私どもは「チーム医療フォーラム」を運営しています。この活動のミッションとして「参加する医療で、社会を良くする」というものを掲げています。

「参加する医療」とは、医療従事者や患者さんにとどまらず、「一般市民が参加する医療」を目指すものです。

最近、日本では「チーム医療」というものが展開されています。これは、例えば、褥瘡(じょくそう)問題や栄養問題など、ひとつの問題があったときに他種異業の医療従事者によるチームを作って活動するものです。

これは医療業界の横のつながりとして広がりはありますが、医療従事者にとどまったチームです。我々は、ここからさらに進化して「患者さん、そして市民の皆さんが参加する医療」までビジョンを広げています。市民の参加があってはじめて「チーム医療」と呼べるのではないか、そう考えています。

実は今、医療に対する日本国民の満足度が大変低くなっています。データにもよりますが、先進国の中で満足度は最低とも言われています。その理由のひとつは、患者さん側が「やってもらう医療」になっているからではないかと考えられます。ここで市民一人ひとりの中に医療に対しての当事者意識が芽生え、「医療に参加する」というスタンスが生まれていくと、医療に関する満足度は上がっていくのではないか、そう考えています。

そこで市民の皆さんに医療に参加してもらうためにチーム医療フォーラムでは、参加のきっかけとなる場の提供に努めています。

きっかけの場は「知、情、意」という3つの側面からアプローチを行なっています。「知」の面では「ツ・ナ・ガ・ル」という雑誌による啓発活動、「情」の面では想いの発表の場であるMEDプレゼンの開催、そして「意」の面では、草の根勉強会、WAVESJapanの活動支援、メディカルウォーキングを行なっています。

 

想いが育つ場・MEDプレゼン

 

MEDプレゼンは、その志と想いをプレゼンテーションというスタイルに凝縮し、ダイレクトに聴衆に送り届けるイベントです。アメリカにTEDというプレゼンテーションがありますが、このメディカル版という意味で「MEDプレゼン」という名前を付けました。活動は今年で9年目になります。

プレゼンには毎年テーマがあるのですが、去年から「いのちの現場から社会を良くする」を掲げています。これは今までの経済第一の価値観から、「大切なのはいのちに関わること」という価値観に一歩でも近づけるような活動ということで、いのちの大切さを感じた体験、現場での体験、感じたことを表明できるような場になっています。

MEDプレゼンは「社会を良くする装置」という位置づけで行なっているので、このステージの価値が上がるほど世の中も良くなる仕組みです。そのため、プレゼンターは社会的にインパクトのある方や実践者から選出しています。

やはりプレゼン内容はいずれも熱のある内容で、聴講すると何らかの刺激を受け、共感し、想いに感染していくようです。9年続けてきた中で、はじめは聴講者だった方がプレゼンターを目指し、プレゼンターになり、さらにオーガナイザーになって行くという成長がみられ、仙台、秋田、群馬など、他の場所でもMEDプレゼンが開催されるようになってきました。みなさん継続しているようで、現在も各地で毎年やり続けて頂いており非常にありがたいと感じています。まさに今回のテーマである、「だれか」→「わたし」という変化をダイレクトに見させて頂いていると感じています。

 

活動は自分の足元から

 

「意」の活動として行なっているのは市民の皆さんと一緒に取り組める活動です。その内の「草の根勉強会」は、町中で行われている小さな医療系の勉強会です。医療従事者は、学会などで勉強してきたことをボランティアとして自主的な形で地元の人達に伝えることが多いのですが、実際に参加募集の告知などは手間がかかり大変な作業です。それをネット上で1か所に集めてやれば、参加募集のお知らせを作るのも楽ですし、過去にやったことや、他のチームがやっていることをアーカイブで見られるので大変参考になります。このような場をネット上で構築し展開していくことで活動を促進していこうというのが会の目的です。

なぜこの会を行なうのかという理由のひとつに、時代はこれから超高齢社会という未知の社会になっていくことがあります。予測できないような問題が起こる時代になろうとしている今、基礎教育として一人ひとりの健康リテラシーの向上が重要になってくると思っています。

江戸時代から明治時代、日本が世界を受け入れた変革期に変化の勢いを伴ったまま日本が世界をキャッチアップできたのは「識字率の高さ」があったからだと言われています。市民に読み書きそろばんの基礎教育があったからこそ、一気にキャッチアップできた。

同じように、健康リテラシー部分でも市民向けの小さな勉強会が無数にあると、基礎部分の層を厚くして行けるでしょうし、さらに皆で考えて助け合うことでソフトインフラになるんじゃないかとも思っています。

 

地域と医療を連携する

 

同じ思いで、高齢者の低栄養問題をみんなで解決するWAVES Japan(http://wavesjapan.org)の活動を支援しています。先進国の日本で「低栄養」とは、なかなか皆さんに信じてもらえないのですが、裕福層の方であっても低栄養になっていってしまう現実があります。それが病気につながっている。しかし栄養の事は日常から取り組まないと、病院に来てからやったのでは遅いのです。

そこで、地域の中にいる時からサポートをはじめたいということで、市民の皆さんに「元気に食べてますか?」と声がけする運動や栄養支援、地域連携などを行なっています。これまでに東京巣鴨、名古屋、岡山、西東京市などで行なってきました。今後は開催場所を拡げるとともに、さらなる展開をしていく予定です。

 

人間は「つながり」から生まれた

 

これらの活動報告を兼ねて、啓蒙活動のために発行しているのが季刊雑誌の「ツ・ナ・ガ・ル」です。タイトルになっている「繋がる」ことは、「チーム医療フォーラム」の活動全体を貫く大切なキーワードです。

繋がりを考える時によく例に上げるのは、約5万年前から衰退していったネアンデルタール人と、5万年前から現代まで生きながらえているホモ・サピエンス・サピエンス(現代人)の違いについての学説です。

ネアンデルタール人とホモ・サピエンス・サピエンスを比較してみると、実は、脳の容積的にも、身体的にも、能力的にも、ネアンデルタール人の方が優れていたそうなのです。しかし生き残ったのは、優秀ではなかったホモ・サピエンス・サピエンスでした。

両者の違いは、脳の内部構造にあるそうです。

ネアンデルタール人の脳は、脳の中の各分野に繋がりがなく、それぞれの分野を特化させて使用していた。一方、ホモ・サピエンス・サピエンスは、脳がちっぽけで弱いがゆえに、分かれていた脳の中をつなげて双方向で使うことで、その弱さを克服した。

脳の中が繋がったこと。これはかなりの大転換であり、繋がったゆえにヒトに情緒がもたらされ、「埋葬」が生まれたといいます。それまでバラバラに放っておかれた骨を埋葬したということは、そこに関係性が生まれ、「見なす」ことができるようになったという意味が含まれています。形ないものを見なすことができるようになったことで、社会、貨幣、価値、信頼、制度、情念などが生まれていったことも見えてきます。さらに、様々な能力を「同時に使う力」も獲得していったようです。

今の世を作ってきた人間というのは、さも優秀のように思えてしまいますが、実はそうじゃない。つながりを生み出して、はじめて「人間」になったということなんですね。

 

人間は「足場」を作って進化してきた

 

さらにイギリスの認知哲学者アンディ・クラークは、「人間は優秀ではないがゆえに、自分の外に足場(人工物)を置いて、足場を頼りに進化してきた」と述べています。

足場というのは、人間が生み出したすべてのもの―道具や言語、貨幣、法律、道徳など様々なものを指します。つまり脳の外に「道具=足場」を作り、自分の脳の処理能力を外に出して負荷を下げることで進化してきたのが人間ということです。

そしてさらに、その足場同士が繋がることによって、人間は無限の表現・発展を手に入れ、これからも進歩していくだろうと言われています。

医療もまた、足場のひとつであると思いますし、チーム医療フォーラムでやっているすべての活動は、足場づくりだと思っています。

そもそも私たち一人ひとりがやっていく事というのも実は足場を作る事ですし、足場を共有していくことだと思います。その足場は、自分の中では小さなものであっても、いずれ公の足場と繋がるかもしれないし、さらには人類史に残る足場に繋がっているかもしれない。そう考えると我々は社会という大きな足場に小さな足場として協力できることになります。ですから私たち一人ひとりの人生に意味がないということはあり得ないのです。

宮沢賢治の詩の中に「業の花びら」というものがあります。彼の作品の中で最も好きな詩なのですが、これは理想を求めたピュアな人間の、ギリギリのつらさが表現された詩です。この中に、

ああたれか来てわたくしに言へ

 「億の巨匠が並んで生まれ

  しかも互いに相犯さない

  明るい世界はかならず来ると」

という一節があります。「億の巨匠」とは全国民という意味。すべての民が巨匠になり、しかもお互いにリスペクトし合っている、そうなると言ってくれ、と。

これは、先に上げた草の根勉強会をはじめ、足場づくりであるチーム医療フォーラムの活動を通して実現できるのではないか、と考えています。

例えば勉強会では、参加者はある時は先生になり、ある時は生徒になります。一億の民が勉強会に出れば一人ひとりが巨匠になるし相犯しあわない。意外に泥臭いけれども、こういう形でお互いリスペクトし合う社会が作れるんじゃないだろうか。そういう思いで活動をしています。

 

いのちが大切な社会へ

 

チーム医療フォーラムでは「社会を良くする場」を提供していますが、最終的にはその社会を「いのちの輝きを増幅できる」場にしたいという思いがあります。

今私たちの日常の中で「いのちって素晴らしいね」と言ったところで、「そうですね」って返されて終わってしまうところがまだまだあります。

私自身、この活動のキッカケをよく聞かれるのですが、思い当たるのが中学生の頃に感じていた疑問です。周囲の人を見ても、過去の歴史上の偉人を見ても、「個人」として素晴らしい人はたくさんいるのに、「社会」には戦争や貧富の格差があるままで一向に良くならないのはなぜなんだろう? そこから「社会を良くするにはどうしたらいいんだろう?」という想いに繋がったのだと思いますし、その問いを持ったまま今に至っています。

その後、私は医療従事者となり、最新医療や最先端の手術を行なう現場を経験しました。最新医療では病気を細分化していきます。ひたすらに細かく分け入って研究していく中で、西洋医学というものは人間全体を見た時に、サッカーでいうゴールキーパーの立ち位置にあると感じるようになりました。つまり点を入れられるのを防ぐ最後の砦。最先端の西洋医学を突き詰めることは、サッカーというプレイをするのにゴールキーパーの技術だけを磨いているようなもの。サッカーで得点するためには、フィールド全体を使って、選手全員が能力を出して動いて得点します。同じように人間がよりよく生きるには全体性が重要です。

ですから、「治癒」を見た時には、西洋医学に留まらず代替医療などの東洋的アプローチも重要ですし、また医療だけにとどまらず社会、政治、国という全体を含めて見ていくことも重要なのではないか。そう思うようになりました。

その中で、医療に従事することを選んだ私にできることは、医療の現場から社会の足場づくりに繋がる活動をすることです。この想いが今の活動に繋がっています。

人間一人ひとりのいのちが輝き、お互いリスペクトし合う、より良い社会となるような足場を作っていきたい。そしてこの活動を通して、社会を信頼し安心して住めるようになった時、その社会は「いのちが大切である社会」になっているのではないか。そう願いながら活動しています。

 

(構成:有本匡男  / WorldShift MAGAZINE編集部 )

 

 

MED プレゼンの様子

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